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小沢健二『さよならなんて云えないよ』ここまで的確に別れを描写した曲はない

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「さよならなんて云えないよ / 小沢健二」

別れを題材にした曲は、たくさんある。フレデリック・ショパンの「別れの曲」のように、そのものずばりな曲もある。
子宮をくぐりぬけたときから、灰となり土に還るときまで、出会いと別れが繰り返される。男女間の話に限らない。家族・友人、様々な人と出会い、そして別れてゆく。
誰かしら、その人だけの「別れの曲」を持っているだろう。他人との別れを経験したとき、必ず聴く曲を。
僕にとってたった一つの別れの曲、それは小沢健二の「さよならなんて云えないよ」以外ありえない。

ここまで的確に別れを描写した曲はない。本当は、歌詞を全文引用したいくらいだ。

♪くだらないことばっかみんな喋りあい
♪嫌になるほど誰かを知ることはもう2度とない気がしてる

たとえば、こういう一節。日々を一緒に過ごした友との別れの場。みんなそれは意識している。しかし、そのことを話題にしたくない。涙ではなく、笑いながら別れのときを迎えたい。だから、努めてくだらないことを話題にする。
誰もが体験したことのある情景だと思う。しかし、その情景を歌にした人は稀だろう。ドラマチックな愁嘆場を描いた「別れの曲」を多い。でも、多くの場合、別れの場というものは、ドラマチックなものではない。オザケンが唄ったように「くだらないことばっかみんな喋りあい」、心の中では別のことを考えている場だ。

そして、この歌詞の次に、この曲中唯一の展開部がやってくる。

♪左へカーブを曲がると、光る海が見えてくる
♪僕は思う! この瞬間は続くと! いつまでも

たった8小節のメロディ展開。瞬間がいつまでも続くというのは語彙矛盾。だけど、矛盾するからこそ、このフレーズは印象に残る。
ある意味、哀しい歌詞だ。思い出は結晶化してゆくもの。友人と別れのドライブをしながら美しい光景を見つつ、その体験を自分の中で結晶化させようという決意が垣間見れる。この曲の主人公は、別れの悲しさが頭から離れないせいで、「光る海」に没頭することもできない。
この曲には、「さよなら」という単語は一度も出てこない。でも聴きながら、その四文字を意識せざるを得ない。「さよなら」を云えない心情こそ、より別れの辛さを表わしている。リアリティというのは好きじゃない言葉だけど、僕はこの曲にリアリティを感じている。でなければ、別れを体験するたびに、この曲を聴き返したりしない。そして、結晶化した思い出がふと舞い戻り心を揺り動かすたび、この曲を聴き返したりしない。

1995年、ダウンタウン相手に「僕は王子様」「子猫ちゃん」とふざけていた頃、オザケンがポップスターだった頃に、リリースされたシングル。数年後、彼がシーンから隠遁してしまったとき、おどけたスター面は彼にとって、芸能界へと越境するために自らに強いた精一杯の演技だった。それに気づかされた。
名盤「LIFE」をリリースした1994年。そして、計6枚ものシングルを乱れ打ちした1995年。弛緩と緊張が絶妙にブレンドされた楽曲の数々。現在は、アルバム「LIFE」収録曲以外の、シングルオンリー楽曲は店で売っていない。8cmシングルという時代の仇花というべきフォーマットに記録された名曲たち。
「さよならなんて云えないよ」も、そんな8cmシングルの一つ。

僕がこの曲で一番好きなフレーズは、これだ。

♪本当は分かってる/二度と戻らない美しい日にいると
♪そして静かに心は離れてゆくと

このフレーズそのまま、オザケンは静かに心を離してゆき、シーンから消えていった。去年、久々にニュー・アルバムを出したけど、満足なプロモーション活動も行わずシングルカットすらしなかった。アルバムをリリースしてなお、いやリリースすることで余計、彼が心を離していることを世間に思い知らしめた。
僕はまだ、オザケンという離れていった友への想いを持て余したままだ。

この曲は、後に「美しさ」と改題して、セルフ・カバーされた(シングル「ある光」カップリング)。90年代らしいポップスアレンジから、ピアノとヴォーカルだけの淡々とした曲に変わった。

掲載元:http://kyokusin.cocolog-nifty.com/kaikan/2003/11/___4118.html

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